見上げた空は雨だった。
  





「どちらも嫌いじゃないよ。ただ彼の居る場所が、僕にとって心地よいだけなんだ」





空は雨だった。
日本に比べて自然の多いこの国では、雨の透明度が高く、無駄なものがないので美しい。
触れてみるとやはり冷たくて、(あぁ、だからドラマの主人公はあんなに雨に打たれたがるのか)と、
何となく納得した。



求める痛み。



ただこの身体を支配していくのは、自己嫌悪と無力感。
空っぽの心を満たしてくれるはずの陽光は、未だ差さない。



「お風邪を召されますよ。猊下」
そう言ってお庭番は、自分の羽織っていた物を、乱暴に僕の頭の上にかぶせた。
「・・・・・・あれ?ヨザック、いつから居たの?」
「今さっき、ギュギュギュ閣下から探してくるように言われたんですよ。
あの人、もう羽毛布団を5つも破っちゃいましてね、係の者も手を焼いてるんですよ」

ちょっと居なくなっただけなのにそんな事が・・・。

「・・・それは大変だ」

上辺だけの笑顔を浮かべ、僕はお庭番の先を歩いた。
すると、何を思ったのか彼は、こんな事を言い出す。
「・・・そういえば。陛下や猊下の国では、『バカは風をひかない』っていう
言葉があるんですよね?」
「あーうん、あるよ。でもバカだって風邪くらいひくよ。それがそうした?」
「いや。猊下は繊細そうだから、よく風邪を召されないなーと思っただけです」
「ひどいなー。それじゃ僕がまるでひ弱みたいじゃ・・・・・・」

いや。
もしかしたら、ある意味では繊細かもしれないけど。

「・・・僕ってばあまり、繊細じゃないんだけどねー・・・」
「知ってますよ」

お庭番はただそれだけ言って、僕の前を歩き始めた。

そう。
決して繊細じゃない。

「早く行こうか。フォンクライスト卿が、羽毛布団やぶりのギネス記録を
達成しないうちにね」


僕らは、少し速度を上げて歩み始め、城に着くまで
何も話そうとはしなかった。






空はまだ、青かった。







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