「君の後ろで忍び泣く。」






部屋は薬品の匂いが充満していた。


白いシーツに横たわる同胞を見ながら、オレはとりあえず窓を開ける。
すぐに校庭で授業に取り組む生徒の声を耳にしたが、無視することにした。
もともと授業なんてかったるくてこの場に逃げたわけだし。
まぁそこで養護教諭に、コイツの面倒を押し付けられたわけだが。


「やっと起きやがったか、雪代」


微かに聞こえた物音に目を向けると、同胞はゆっくりと起き上がっていた。脱脂綿を鼻に付けたままで。
「また鼻血出したんだって?”わが君”の事でも考えてたのか?」
「・・・・・・咲羽、授業は?」
「フケた」
「・・・・・・そう」
オレの質問には答えず、言動も気に留めない様子でベッドから降りようとする。
「おい待てっ。もう少し寝てたほうがいいぞ」
「平気」

そして少女は呟く。


「わが君の為に、強くならなければならないから」


それが答え。


雪代にとって優先されるのは自分ではなく、”わが君”で、役目なのだ。
その為に強さを追い求める。
そして朽ちるまで傷つく。


オレらは「人間」であるが「獣基」であるが故に、一生自由になれはしない。
血のせいで。


「でもな、わが君に逢う前に死んだらどうすんだよ。たまには休め」
「・・・・・・でもっ」
「よし、オレが本でも読んでやろう」


オレは雪代に背を向けた。
じゃないと雪代が目の前から零れ落ちそうだった。
そうして見た窓からの光は眩しく、暗い室内で人型となり、灼きつく。



世界とオレは別離しているのだと思い知らされた。



「むかーしむかし、あるところに――」



だからオレは、
君の後ろで忍び泣く。






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